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イチローは1992年オリックス入団以来アシックスの靴を履いている。
1995~97年の靴は、金具に「ペンタクロウ」を採用し、アッパー素材にソフリナを用いている。カンガルー素材の靴を使用している選手が多い中、イチローはアシックスで軽くて足あたりのソフトなソフリナ(人工材)を使用し、靴の軽量化を図っている。
イチロー選手の2008年の靴は、アシックスの足重量約260g。アシックスはこの「軽さ」と「より優れたフィット性」を得るために、トップランナー用マラソンシューズにも使用されている軽量クッション材「ソライト」を採用。また、靴底のプレートはかかと部を両サイドで巻き上げる一体成型とし、横ブレを防ぎパワーを確実に伝える構造になっている。
これらは、アシックス社従来のベースボールスパイクの概念から離れ、他競技シューズのノウハウを活かしてできたもの靴である。
イチローは1992年にオリックス入団以来、アシックスの靴を使用しているが、イチローと同様、アシックスも、今ある結果に満足せず、さらなる可能性にを見出し、決して妥協を許さない精神でイチローの履くスパイクシューズにも、毎年少しずつ改良を重ねている。
アシックスは、同社のオリジナルブランド「オニツカタイガー」から、米MLBシアトル・マリナーズのイチロー選手がプロデュースしたスニーカー「ランスパーク す07」を2007年8月3日から、イチロー選手の公式モバイルサイト「イチロー 51CHANNEL」と、「オニツカタイガー」4店舗で発売。
1974年発売の陸上用スパイクシューズ「タイガーパウ DS-5700」をモチーフに、ホワイトを基調に、アシックスストライプにゴールドをあしらった。踵部にはイチロー選手の本名・鈴木一朗の「す」をイメージしたロゴマークを金箔でプリントしている。500足限定で、ベロ部に001~500までシリアルナンバーを刺繍している。ヤフーオークション等で高値で取引されている。
イチローは1992年、ドラフト4位でオリックスに入団。 1994年に1シーズン210本安打を達成し、同時に首位打者を獲得する。1994年から2000年まで7年連続首位打者、ゴールドグラブ賞、ベストナインのタイトルを獲得。
2001年シアトル・マリナーズへ入団。 同年242安打を放ち、首位打者と、56盗塁で盗塁王を獲得。この年、ア・リーグMVP、ゴールドグラブ賞、新人王にも選ばれる。
2004年はシーズン最多安打記録を更新し、記録を「262」まで伸ばした。2006年はプロ選手も出場した世界大会に日本代表として出場、チームの中心的存在として、チームの優勝に大きく貢献した。
また、2001年から2008年まで8年連続してシーズン200本以上の安打達成とオールスター出場を果たしている。
なお、2006年のオールスターはファン投票で選出され、1番ライトで先発出場を果たした。
アシックスとは1995年よりシューズのアドバイザリー契約を締結。ICHIRO選手のすべてのプレーをアシックスのシューズが支えている。
イチローのシューズを作ってきたのはアシックスの三村仁司氏。
女子マラソンの野口みずき選手ら世界のトップアスリートのシューズ作りを手掛けてきた「アシックス」(神戸市中央区)のグランドマイスター、三村仁司氏(60)が2009年3月31日にアシックスを定年退職。三村氏は“シューズ作りの神様”とも言われ、正確な技術で選手一人一人の足の形に合うように作られたシューズは「魔法のシューズ」と呼ばれた。三村仁司氏は今後、地元の兵庫県加古川市でシューズ工房を開き、靴作りを続けるという。
三村氏は1948年 兵庫県加古川市生まれ。県立飾磨工業高校時代には陸上部キャプテンを務め、インターハイ等で活躍。大学からの誘いを断り、1967年にアシックスの前身、オニツカ入社。高校時代に陸上長距離選手だった経験を生かし74年から特注シューズ製作をたった一人で開始。
マラソンの高橋尚子選手や米大リーグのイチロー選手らアスリートの特注シューズを製作した。2004年には厚生労働省の「現代の名工」に選ばれ、2006年には黄綬褒章を受章。三村さんは同社を通じて「今後は夢であるオリジナルの工房を開き、その人に合ったシューズを作っていきたい」とのコメントを発表した。
これまでに、瀬古利彦、有森裕子、高橋尚子、リロイ・バレル、イチロー、SHINJO、沢松奈生子、高木虎之介、ジャン・アレジなど、あらゆる分野のトップアスリートへのシューズを手がける。常に選手の事を考えた仕事ぶりと、職人かたぎな人柄は多くの選手から愛されている。